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秋冬の被服計画その後

この秋冬の被服計画に沿って買ったのはこれだけ(笑)。

 

ニットは結局お手軽にMUJIで。

袖が長すぎず着丈も少し短め、ハイゲージで程よく薄いグレーはなかなか見つからないものだなあ。如何にもな杢グレーは嫌だったのよ。いや、私に探して回る情熱がないともいえる。

 

スカーフはこれと決めていたエルメスのバックルプリント。

赤は候補外で白かオレンジ、または黒から選択。当ててみて一番顔映りがよかったのがやはりオレンジ。ショップのお姉さんもこれがイチオシだった。全身黒でオレンジを差し色にしてもいいし、手持ちの濃いオレンジのスエードスカートに合わせてもいい。

 

手袋はラピスブルーが見つからず第二候補のフューシャピンクを。

sermonetaの手袋は主だったデパートならどこでも置いているけれど、色数がきちんと揃っていて尚且つ売り場に手袋棒(あれ何ていうの?)を持ったお姉さんのいるところで買いたかったのだ(笑)。

薄手のグローブから手首をボタンで留めるロンググローブまで揃えるsermonetaのコーナーがあるのを記憶していた横浜高島屋で。

 

 

当たり前なんだけど「今シーズンはこれだけ必要」と決めると結局無駄な買い物をしない。何より衝動的にモノが欲しくならない。

秋のはじめに大量に服を処分した。

そのうち着るからと逡巡していたカシミアニットのアンサンブル(ふわっとしたシルエット)、似合わないのに大好きだった桜色のニット、本当は大嫌いだけど着やすいから持っていたポンチ素材のスカート、そういうものをごっそり捨てた。

代わりに、買いなおしたほうが安上がりとわかっていながら、気に入っている40年モノ(母のおさがり)のカーディガンとセミタイトスカートをリペアに出した。

 

来春に新しい服が必要かどうかは年明けにまたごっそり大処分をしてから考えよう。

 


 

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文楽 通し狂言仮名手本忠臣蔵

 

1年振りに文楽を観劇しました。

通しですから、大序から最後の十一段まで通して観るとおよそ10時間にもなってしまい、もちろん観たいのはやまやまなれど、今回は第二部、七段目「祇園一力茶屋」から討ち入りを果たして引き上げる十一段「花水橋引揚」までを。

それでも、ちょこちょこ休憩を挟むとはいえ5時間余りの長丁場。それがねー、全然飽きないんだな、凄いわ、あの力量。

 

七段目、一力茶屋で、おかるが兄の平右衛門から、夫の勘平は腹を切て死んだと聞かされる場面。

失神したおかるが正気に返って再度、勘平の消息を尋ねるところ「ちええ、情けねえ、また尋ねをるかやい」と言われながらも兄に縋りつき震わせる肩のいじらしさ。もとは己れの短慮から出たことだけれど哀れを誘わずにはいられない表現です。

 

そして九段目の山科閑居の息詰まるような熱い遣り取り。

由良之助の妻お石と本蔵の妻戸無瀬の丁々発止、そこから、由良之助と本蔵ふたりの緊迫感あふれる対決と、由良之助の本心を知った本蔵が師直の屋敷絵図を渡し遂に断末魔を迎える件のドラマティックな展開の見事さときたら、ほーんとロックよ、ロック。

鶴澤藤蔵さんの太棹がね、とにかくすごいの。文字久太夫さんの語りと藤蔵さんのガンガン繰り出す三味線は、まさにロックです。

藤蔵さん、3回位弦切っちゃってました(笑)。

 

一部も観たかったです。そこはまったく残念無念。

 

蛇足ですが、豊竹咲寿太夫さんは本日もイケメンでした(小声)。

 

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姉妹揃って

妹は2年振りに里帰りしていました。それも1か月!!

何があるわけでもないのに、私はうれしくて仕方なくて色々なことも後回しにして妹と過ごす時間を最優先にしたのでした。

 

彼女も、もう日本には戻らない(里帰りは別として)と腹を決めたようで、あれこれとケジメをつけなければいけない役所の届けとか、日本にもっている口座の始末とかをして行きました。

もちろん寂しくはあるけれど、彼女の人生だから受け入れるだけです。

心境や環境の変化があって日本に戻ることになれば、いつだって帰っておいで、あなたの帰る場所はちゃんとあるよ、とだけは言い続けようと決めています。

 

さてさて、1か月も日本にいたというのに取り立ててお御馳走をいただくわけでなく、また遠くへ遊びに行くわけでもなく。

西洋美術館のクラーナハ展と例の如く宝塚歌劇を観に行っただけ。

目の不自由な母をひとり置いていけないこともあり、あとはふらふらと午後から買い物がてら駅前や近くのデパートに出たり、カフェでお茶を飲んだりランチをしたりの日々。

その合間に妹は中高時代の同級生と旧交をあたためる機会も作っているようでした。

 

父はもう亡く母も年老いました。

離れていても姉妹仲良くいたいものだと思います。

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次々に

プリンター、FAX、スマホ、と次々に寿命が尽きてしまい、こういうときに限って続くものだと嘆きながら新しいものを買う。

以前はプリンターとFAXが一体化したものだったけれど、これを機会にFAXはPCで送受信しようとモデムを購入したものの、何としたことがどうやっても送受信ができない。

もちろん、モデムのメーカーのサポートやらPC関連やら調べたり問い合わせたたりしたが埒が開かず。

何だかOSのバグがうんたらなんて話も出てきて、結局、焦れて地味にFAXを買いなおした。今でもおたっくすなんてあるのねー。

ああ、頭が痛くなるような散財である。ボーナスなんて無縁な私だというのに。とほほ。

 

さて、今年も帰ってこないと半ば諦めていた妹がどうやら帰ってくるようだ。

うれしい、でも、あまり期待すると後からがっかりすることになりそうなので、平常心で待つ(笑)。

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宝塚宙組東京公演 エリザベート

Del Tod

 

ウィーンミュージカル「エリザベート」が日本で上演されるようになって20年目だそう。

さすがに私も全公演は観ていないけれど、宝塚版に加えて東宝版(男女のミュージカル版)や宝塚OGのガラコンサートなど、随分観ているかも。

そして宝塚でのエリザもつい一昨年に花組で上演されたのも観劇。

だから、食傷気味で、この宙組公演はあまり気乗りがしなくて1回しかチケットを取らなかった。

 

がーーーっ!失敗!

観たらとってもよかったんだもの(笑)。

 

画像はエリザベートのプログラム表紙だけど、主演の黄泉の帝王トート閣下(中二病的よね、詳しいストーリーはこちら)はこのひと、朝夏”まぁ様”まなとさん。

長身、超絶手長脚長さん、色白の少しファニーフェイスで独特の清潔感と初々しさがあり日頃私は「ギムナジウムの男の子のようだなあ」と感じているトップさん。

 

さすがに20年も上演していると、その時々の演者によって様々な解釈と個性が加味されて、悪くいうと手垢のついたキャラクターになっていく。それを練れているというか、手垢がついたというかはそれぞれの感じ方だが。

私が食傷気味に感じていたのもそれだ。このblogのタイトルではないけれど cliché なのだ。

それが今回のエリザベートは予想を裏切る新鮮さだった。

 

まずトートが知的である。

過剰に見得を切ったり大仰なパフォーマンスがない。シシィへの愛情はあるがあからさまに表現しない。シシィへの愛以外には無関心だから他の事柄には酷く冷淡、どうでもいい。愛の炎が青いって感じなのだ。確かにね、この世の者ではないわけだから、これがまさに核心なのかもしれないと思わせる。

 

長年上演されていると、観客にはMy best of Der TODがあり、それと比較して評価するものだ。

どんなトートも最終的には好きか嫌いか。

私は、朝夏トートが気に入った。おそらくこれが私のBest of トート閣下だと思う。

 

 

 

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負の感情に貶められない

のんびり鈍感モードで仕事をしていると指摘されたり諫められる私だって、たまには悔しさにグーっとなる事はある。

相手の態度がどうこう、というよりも、この悔しさに甘んじなければならない自分の不甲斐なさが情けないのだ。

 

悔しさをバネに今やれる事に真摯に向き合うしかないんだなと、あまりにう当たり前の真実を噛みしめるわけ。

他人に八つ当たりしたり、悔しさを露わにぶつけたりするのだけはしない。それをすると負の感情に乗っ取られてしまうから。

 

私が苦しいと感じるのはいつもそれ。

腹立たしい、承服できない、理不尽だ、そんな気持ちは誰しも持っているだろうし、仕事でもプライベートも同じことだ。

その感情に心が乗っ取られるのと闘うのがとてもしんどい。

何に対して怒っているのか、実は怒りの根は自身のなかにあるのではないか、負の気持ちを分析して理解したうえで自分を宥めるのは本当に消耗する作業だ。

こうして書くと馬鹿みたいに理屈っぽいけれど、誰しもやっていることなんだよね。

こんなことでもないと、ひとは弱い自分を見つめなおすなんてできない。

 

この悔しさを引きずらず、前を向いて進めますように、とこの文章を綴りながら思っている。

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秋雨とスカーフ

秋雨前線やら台風やら、とにかく雨続きで少しうんざりな気分。

お休みの日の外出は、ゴム短靴を履いて水玉のレインコートを着て気軽に出るからいいのだけれど、仕事だとちょっと困る。

別にゴム靴だって悪かないけど、やっぱりきちんとしたブラウスやスカートには微妙に合わないじゃない?

買い物だって近所はOK、でもデパートに行くにはこれも結構恥ずかしい。

 

でも、行ったわよ、行った。どうしても実物を見てさっさと買いたくて高島屋のHへ行きました。ゴム靴履いて(笑)。

恥ずかしいけど仕方ないわよ。雨降りなんだから。ふふふ。

お店に入って、店員のおねえさんに「カレを見せてください」と言って出してもらって、鏡の前で顔に当ててもらって「オレンジが今日のお召し物にもお顔映りも綺麗ですね」との言葉に同意して「はい、これいただくわ」ものの5分。はっやー。

そう、私、ハイブランドの買い物(滅多にしないけど)程決断がはやい。ぐだぐだ悩まず、欲しかったら買う。

「外商担当者はどちらでしょうか」とやにわに尋ねられたので、「いません」ときっぱり即答。いるわけないじゃない、というか、どうして今回に限ってスカーフ1枚くらいで訊かれたのかしら、私に似た富豪の奥様でもいらっしゃるのかしらね(違)。

 

買いたいものも買えたので、虎屋で餡コッペのおやつをして、デパ地下で漬物と肉まんを買って帰宅。

充実した買い物だった。

 

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秋冬の被服計画

別にこれといって大きな出来事があったわけでもないけれど、ちょっと自分の洋服の買い方を見直そうと考えている。

というか、最近、すごくズボラになっていて元々お洒落じゃないところへ来て、更にいい加減で場当たり的に洋服を買っていたことを反省したわけ。

基本的にベーシックなものが好きだから、それでどうにかなってしまっていたのよ。

でも、なんだかふと「若い頃のほうがいろいろ考えていたなあ」と思い出し、まして適当な服を適当に買う年齢でもないじゃん、安物買いの銭失いなんて詰まらない、と今更反省したところ。

いくらベーシックなスタイルといったって、スカートもジャケットも、ニットだって数年で微妙にラインが変わる。色も顔映りが変わってくるでしょう。

 

さて、それなりに考えてみたところ、今年の秋冬に買い足すものをリストアップ。

 

1)クルーネックかクルーに近い低いハイネックのハイゲージニット。ネイビーかライトグレー。

  昨冬、袖を引っ掛けて穴をあけてしまったVネックのニット、これはブラック。

2)今年の柄、バックルプリントのカレ。ブラック・ホワイト・オレンジのなかから映りのよいものを1枚。

3)ラピス色のレザー手袋。内縫いで裏が絹のもの。

 

よくよく考えたら、たったこれだけなの。

インスピレーションは大切、でも、衝動だけで買っても着ないのよね。

次のお休みにお天気がよければ、処分する服を仕訳してスペースを空けよう。

 

 

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日々の棘

近頃、何かと思い煩い気落ちすることが多い。

 

例えば母のこと。

相変わらず母はアタマはしっかりして(多少のモノワスレはあるけれど)いるものの、元来弱かった眼がすっかりいけなくなった。

読書が命だったひとだから、苛立ちも高じてさらにキツイ性格になってきた。

当然、年齢もあるわけで、それでも父が亡くなってから何かと調子が狂っちゃったんだろうな。

ひとは誰でも歳をとる。

母を大事に思う気持ちと、鬱陶しく邪険に思う気持ちがせめぎあって、これが親の老いを見つめる苦しさというものなのだと痛感している。

 

例えば妹のこと。

妹がもう日本に戻る気がないのは理解している。

ただ、母が存命のうちは1年に1度は帰る機会を作ってほしいと思う私は自分勝手なんだろうか。

眼がほとんどいけないわけで、おぼろげでも見えるうちに顔を見せてあげてほしいと思うけれど、彼女に通じているのか否か。

去年は帰らなかったし、今年も夏の予定が流れて秋にと言っている。

それって正直まったくアテにしていないの。だって去年も夏はムリだから秋、とかいいつつ帰らなかったもの。

バカンスの8月に忙しいのに、通常仕事で忙しい秋に長いお休みなんてとれるわけないし。

うすうす感じていたけれど、日本が嫌いなんだろうな、やっぱり。

 

私は長女で、実家の近くに住んでいるのだからある程度の覚悟はしていた。

でもねー、やっぱり親の面倒をみるのは大変なことよ。私が丈夫でぴんしゃんしていれば別だけど、なんといっても手ヨワ足ヨワ頭ヨワだからね。

いろいろ考えるとめっきり気持ちが塞ぎますわ。どんな家にも悩みはあるし、お友達に家のことを愚痴るのが嫌いだから、結局もやもやと抱え込んでどんどん暗くなる毎日。

何処かで上手に気持ちを逃がして暮らさないと自分がパンクしてしまう。何かよい方法はないものだろうか。

 

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夏の終わり

どんなに残暑が厳しくても、やっぱり夏は8月でおしまいだ。

気温が高くても陽射しに強さがないし、何処か陰を秘めているような(気分的なものかも?)気がする。

だから、白麻のノースリーブシャツやオープントゥでバックベルトのサンダルは9月に入ったら身に着けないと決めている。

日に焼けて黒光りしても元気に見えた足の甲が一気に汚らしく見えるもんね。ははは。

 

今年の夏は思いの外ノースリーブ大活躍だった。

衿をかっちり留めたブラウスとか、開襟のチェックワンピース、袖なしポロシャツワンピースとか、少しレトロな趣のある服を好んで着たせいかもしれない。

服はMUJIだったり、ユニクロだったり、その他普通にデパートPBの質素なものだけど、全身をそういう服で固めると明らかにチープに見えるのは、いささか年寄った悲しさ(笑)。

そういう時には胸元にアンティークの象牙ブローチをつける、靴はPRADAで張り切る、ピアスはダイヤを選ぶといった工夫で乗り切った。

 

それにしてもシンプルな白いTシャツを小綺麗に身に着ける難しさを痛感した夏だった。

髪やネイル、肌の手入れをきちんとしていないと白Tシャツは非情な程に顔映りが悪くなる。情けないほど不細工にみえる。

白いTシャツ、普通のスニーカー、ジーンズ、真珠のピアスが心穏やかに着られるように、小さなお手入れを地道に続けたい。

 

 

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